複合標的方式の陽電子源開発

    ILC(国際リニアコライダー)のための陽電子源開発では、アンジュレーター方式、コンプトン方式、電子ビーム駆動方式という3つのオプションが研究・開発されています。このうち私たちは電子ビーム駆動方式に対する研究、複合標的方式による陽電子源の開発を行っています。

    複合標的の方式は今までの陽電子源で用いられてきた、従来の方式とほぼ同じ構成をしています。そのため信頼性の面で他の方式よりも優れており、また既に運用されている電子陽電子衝突型加速器に応用が可能であるという開発メリットがあります。複合標的の方式を説明する前に、まず従来の電子ビーム駆動方式の陽電子源について紹介します。

    電子ビーム駆動方式はその名の示す通り、加速器の電子ビームを利用して陽電子を作ります。高エネルギーの電子ビームを重金属の標的にあてると、標的中で電子と原子核が作用して電磁シャワーが発達します。電磁シャワーとは高エネルギーの電子(または陽電子)による制動放射と、制動放射によるガンマ線(高エネルギーの光)が起こす電子と陽電子の対生成が、物質中でなだれ状に発生する現象のことです。これにより標的中では電子、陽電子、ガンマ線が大量に作りだされます。そして標的の後方に電磁石を配置することで、この電子、陽電子、ガンマ線のうち、特定の粒子だけを選別して取り出すことができます。

    この従来の方式で、よりたくさんの陽電子を得るには、重金属標的にあててやる電子の数とエネルギーを上げてやれば良いのですが、これをあまりやり過ぎると標的は熱で破壊されてしまいます。複合標的の方式では、この電磁シャワーを発達させる重金属の標的の前に結晶を配置してやることで、作りだす陽電子の数を増加させ、なおかつ標的での発熱を抑えることができます。

    複合標的の方式では電子ビームは結晶にあてられます。結晶に高エネルギーの電子が進入すると、その中でチャネリングという現象がおきます。このチャネリングにより、電子ビームを効率よくガンマ線のビームに変換することができます。変換されたガンマ線のビームは、その後方に配置された重金属の標的にあてられ、陽電子をつくりだすのに利用されます。

    従来の方式では、標的中で電磁シャワーを発達させて陽電子を作りだしていましたが、この方法ではエネルギーが少なくなって対生成を起こせなくなったガンマ線や、高エネルギーのガンマ線を作れなくなった電子・陽電子などが途中で物質に吸収され、ロスが発生します。このロスというのは標的の発熱のことを意味します。これに対してガンマ線を重金属の標的にあてると、標的中では電磁シャワーの発達を待たずにいきなり、対生成から電子と陽電子が作りだされます。これが複合標的の方式が、従来の方式よりも発熱が少ないとされる理由です。

    ILCで求められている陽電子源のスペックは、これまで設計されたどの陽電子源よりも高いものです。特に発熱の問題については、加速器の設計計画を立てる段階で入念にシミュレートし、クリアしなければなりません。この課題を解決するために、現在私たちはKEK(高エネルギー加速器研究機構)の施設を使って、複合標的を使った陽電子の生成実験を行っています。そこから得られたデータを利用して、複合標的方式による陽電子生成や、発熱の様子などをパソコン上シミュレートするための、精密なシミュレーションコードの開発を目指しています。

    ちなみに他の陽電子源方式、アンジュレーター方式とコンプトン方式でも、電子ビームを利用してガンマ線を作りだし、それを重金属の標的にあてて陽電子をつくりだします。ただしこれらの方式では、電子ビームからガンマ線を作りだす装置が複雑で、技術的に解決しなければいけない問題がたくさんあります。この点で、複雑なシステムを必要としない複合標的の方式にはメリットがあります。アンジュレーター方式がILC陽電子源の基本方式と採用されながらも、複合標的の方式が熱心に研究・開発されているのはこのためです。

画像:(C) Yuuki Uesugi

(Yuuki Uesugi 19 Mar. 2011)